セルフ給油システム・周辺機器 販売・施工
和田商事株式会社

セルフ雑記帳

和田 信治

vol.104『ごみの話』

GS業界・セルフシステム

2006-04-17

 ボーイスカウト活動をしている知人が、休日に子どもたちと共に道路のごみ拾いの清掃奉仕に精を出していた時の事。通りすがりの人たちの大半は、「ご苦労さま」「がんばって」と声をかけてくれていたが、信号待ちをしていた一台の車のドアが開いたかと思うと、運転者が空き缶を子どもたちの方に向かって投げ捨てたのだ。あまりの蛮行に知人は激怒、走り去る車を追いかけ、追いつき(!)こっぴどく説教したのであった。

 それにしても、自分の家や車以外は皆ごみ捨て場だと考えている人がいかに多いことか。幹線道路などの分離帯の植え込みには、空き缶やペットボトルが無数に捨てられている。街路や駅、公園、駐車場など、街中の至る所にごみが散らかっている。美しい砂浜や野山にも。我が国が誇る“霊峰”富士山は、あまりのごみの多さに世界遺産の登録ができず、日本の登山家のモラルの低さを世界に知らしめる事となった。まったく情けない話である。

 ガソリンスタンドは、ドライバーたちの主要なごみ捨て場所の一つである。少し前までは、せいぜい吸殻ぐらいだったごみも、コンビニの普及と共に、プラスチックの弁当箱やカップ麺の容器、空き缶やペットボトル、新聞や雑誌と多種多様である。それでも、まだフルサービス店はましな方で、セルフスタンドでは、監視員の目の届かぬ場所に、家庭ごみの類たぐいまで捨てられる始末だ。あるセルフスタンドの灯油コーナーには、マリア像と観音像が一緒に捨てられてあったという。まったくバチ当たりな話である。

 洗車場を併設しているセルフスタンドではもっと悲惨な話を聞く。夜、清掃のために洗車場に行くと、掃除機やマット洗浄機の陰に、古タイヤやホイル、スポイラーなどの自動車部品、椅子やテーブルのような家具まで捨てられている事があるという。それらを事業ごみとして処分するために店は余分なコストを負担しなければならないわけだ。まったく馬鹿馬鹿しい話である。

 店側としては客へのサービスとしてごみ箱を置くわけだが、そこにはいろいろなごみが一緒くたに詰め込まれている。それらを分別するのもまた店側の負担である。それでもまだ、ごみ箱に収まるごみだけなら仕方がないが、ごみ箱を『粗大ごみOK』のサインと拡大解釈され、先に紹介したような信じられないような物まで捨てられてはたまったものではない。悪化の一途をたどる客のマナーの前には打つ手なしの状態である。ゆえに私は、セルフスタンドにごみ箱を置くことには反対である。それはただ腹立たしさだけが理由ではない。ごみを分別し、処分するという余計なコストを削減するために、反対しているのである。

 そのうえで、セルフスタンドでは、スタッフが小まめにフィールドをまわり、“ごみひとつ落ちていない”状態をキープするよう心がけねばならない。客にごみを捨てにくく感じさせるためには、これが最も有効な対処方法だと思う。それでも、平気で“おみやげ”を置いてゆこうとする客には、場内放送装置を使って毅然として注意しよう。

 ところで、ごみを断固拒否している私のスタンドで、一番厄介なごみはチューインガムである。フィールドのあちらこちらに黒い塊となってへばりついている。捨てられたばかりのものは、まだ柔らかくねばねばしていて取りづらい。あまり時間がたつとカチンカチンにこびりついていて取りづらい。ちょうど良い頃合いにガム取りベラで取らねばならない。これは専ら私の仕事である。まったく苦々しい話である!

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