セルフ給油システム・周辺機器 販売・施工
和田商事株式会社

セルフ雑記帳

和田 信治

vol.587『ロックフェラーの遺言』

GS業界・セルフシステム

2015-12-07

 1860年代まで,米国では灯火ランプに使う燃料はもっぱら鯨油だった。そのため,クジラが乱獲され激減,鯨油の価格は高騰した。そんな時,ペンシルバニアで石油が噴き出した。鯨油より明るくて安い。たちまち,石油ブームが起きる。エリー湖周辺に掘削やぐらが林立し,山師たちが血眼で井戸を掘ったため,あふれ出た石油がアレゲニー川に流れ込むほどだった。当然,石油価格は下落し,1バレルあたり数十セントにしかならなかった。その有様を見つめていた一人の食料仲買人の青年は,価格を安定させれば大もうけができると考え,石油精製業に転身した。

 その青年の名は,ジョン・デービッド・ロックフェラー。彼は,石油価格の主導権を握るためには,同業者より有利な立場に立つ必要があると考え,思案する。仲間の一人,ヘンリー・フラグラーが,油田地帯から精製工場があるクリーブランドまで原油を運ぶ鉄道会社からリベートを取ることを思いつく。「毎日,貨車60両分の原油をお宅に運ばせるから,運賃を割り引かないか」─。

 鉄道会社は,安定した大口契約に飛びついた。しかし,彼らも抜け目がない。「鉄道会社が提携し,少数の大手精油業者と連合します。他の精油業者や原油生産者ははずします」との“密約”を持ちかけてきた。鉄道会社が手を握り,ロックフェラーの会社を使って石油業界を支配しようとしたのだ。ロックフェラーはフラグラーにささやいた。「鉄道会社に主導権を握らせてはいけないぞ。あとで必ず運賃を吊り上げてくる」。彼は鉄道各社間の疑心暗鬼を利用し,自分が輸送量を割り振ることで“密約”の主導権を握ってしまった。

 彼が率いた「スタンダード石油」は19世紀末までに,石油精製と販売で全米の8割,原油生産の4割を抑える巨大企業となった。石油価格は,スタンダード社の買い取り価格が標準となった。抵抗する相手には徹底した値下げ競争を仕掛け,次々に支配下に置いていった。“スタンダードは獲物を頭から呑み込む大ダコだ”と毛嫌いされても,彼は気にしなかった。石油を安定供給することが社会の進歩につながるのであり,そのためには石油企業を統合し,効率のいい大組織にすることが必要だと信じて疑わなかった。

 1902年,ロックフェラーの情け容赦のない経営手法を非難する雑誌連載,「スタンダード石油社の歴史」が大きな反響を呼び,ロックフェラーは米国の労働者や農民を食い物にする“悪の権化”にされてしまう。そして,1911年,米連邦最高裁はスタンダード石油を反トラスト法違反で解体することを命じた。同社は34の会社に分割・解体されたが,ロックフェラーは何も語らず引退した。純資産は約9億㌦。いまの価値に換算すると約1,900億㌦(約23兆円)というとてつもない額にのぼり,ロックフェラーは“人類史上最大の長者”と呼ばれている。(参考文献:朝日新聞社刊『100人の20世紀』ほか)

 石油業界の人なら,大方ご存知の話を長々と書いたが,1998年の「エクソン・モービル」の誕生や,最近の国内石油元売の大型合併などを見ていると,ロックフェラーが100年以上前に目指した道を,世界の石油メーカーは遡っているように思える。鯨油から石油へと移っていったように,世界のエネルギー事情は大きく変化しつつある。石油価格は低迷したままだ。GS業界に目を向ければ,国内ではカテゴリーキラーも加わっての相も変らぬ乱売合戦が繰り広げられている。最近では“常滑シンドローム”の余波が業界を揺るがしている。石油業界は,いまになってロックフェラーが実現しようとした“新秩序”を目指しているようだが,そこにたどり着くまでには,われわれ業界人はまだまだ“地獄”を経験しなければならないのかもしれない。

 ロックフェラーは1937年,98歳の誕生日を迎える2ヶ月前に亡くなった。その少し前に彼を見舞った自動車王ヘンリー・フォードに,ロックフェラーは語りかけた。「さらばだ,天国で会おう」。フォードはこう応えたという。「あなたが天国に行ければね」─。

コラム一覧へ戻る

ページトップへ